私のホームページへ、ようこそ。
私が天野マアトとして占い師になるまでを、簡単にお話しいたします。
私は幼き頃より、見えない存在やその力を強く信じていました。
それが何であったのかを知ったのは、ずっと後の大人になってからです。
以前は人と交流するのが苦手で、人ごみに出ると調子を崩していました。
度々、原因不明の高熱を出して親を心配させたり、5歳のころは肺炎になって死にかけたこともあります。
とてもふわふわしていて、自分の世界で遊ぶのが好きな子供でした。
転機が訪れたのは、10代の中学生の頃。頻繁に金縛りにあい、見えない存在が襲ってくるのがわかりました。
この話をすると周りからは理解してもらえず、「人と違う、自分だけの感覚なんだ」と認識するようになります。
多感な時期に、人と違う感覚はとても嫌でした。そして、見えない存在を強く拒絶するようになります。
そのころから、現実主義の左脳タイプの私が登場し、霊的素質を封印して現実思考で行動する、別のパターンになっていったのです。
今思うと、私の「上の存在(守護霊)が守ってくれたから」なんですね。
ですが、直感力や予知能力は相変わらずありました。
人の話に耳を傾けていると、本音と建て前のような隠しておきたい領域まで見抜いてしまうことは度々ありました。
岐路に立たされると降りてくる天の声や感覚、魂から発する感覚――こうしたものをキャッチして自己表現をすると、うまくいきました。
これがガイドやハイヤーセルフだと知ったのは、後になってからです。
大人になってから占いをするきっかけとなったのは、この高次の導きでした。
私はある日、人間関係で悩み苦しんでいました。その苦しみはピークに達し、ほとほと人間が嫌になりました。
そんな時、高次元から「タロットの力を利用するように」と導きがありました。
私は初めて占いというものに出合い、その力に限りない癒しのパワーがあることに気づいたのです。
「人間界はもうたくさん。私はスピリチュアルに生きよう」と強く念じました。すると、どうでしょう――
1週間から10日ほど経ったある日、「プロの占い師になりませんか」とお誘いを受けたのです。
当然、自信もその気もない私でしたが、あれよあれよという間に、占い師への道を歩むことになっていきました。
ある日の朝方、夢をみました。光のような存在は、このように伝えます。
「――このお役目を担うことで、あなたの魂は安らぐでしょう。心しておやりなさい――」
この光は、ハイヤーセルフでした。
私の前世は、巫女や神官、シャーマンのような降霊を生業としていたようです。
幼いころの霊的気質を一度は封印しましたが、現在は高次元のお墨付きをいただいて、日々精進する我が身です。
コンタクトがスムーズにいくと、鑑定中に霊的ビジョンのモードになります。
お客さまの前世かガイドか、最も相応しいお応えをお伝えできると思います。
ご挨拶ははじめましてのページ、鑑定メニューは鑑定&カウンセリングをご覧ください。
天野マアトはどのように占い師になったのですか?
幼い頃から見えない存在やその力を強く信じていましたが、10代で人と違う感覚を拒絶し、霊的素質を一度は封印しました。大人になって人間関係で深く悩んだとき、高次元から「タロットの力を利用するように」と導きがあり、占いと出合います。その1週間〜10日ほど後に「プロの占い師になりませんか」とお誘いを受け、占い師の道を歩むことになりました。
鑑定ではどのように視ているのですか?
高次の存在とのコンタクトがスムーズにいくと、鑑定中に霊的ビジョンのモードになります。お客さまの前世かガイドか、最も相応しいお応えをお伝えできると思います。
前世について教えてください。
天野マアトの前世は、巫女や神官、シャーマンのような降霊を生業としていたようです。幼い頃の霊的気質を一度は封印しましたが、現在は高次元のお墨付きをいただいて日々精進しています。
誰かに話したい。
でも、誰に話せばいいか分からない。
そんなときにふと思い出してもらえる場所でありたい。
あなたの心にそっと寄り添い、これからの一歩を一緒に見つけます。